初夏の立川を愉しむ [乗り物大好き]
長くぐずついていた天気も晴れベースに変わり、外出には好適な陽気になってきた。
それにつれて、体調も良くなってきたのはありがたいことである。
日中の気温も高くなってきて、昨4月26日訪れた立川は、すでにして初夏の装いなのだった。
久し振りに訪れた立川の街は、相変わらずの人出で大賑わい。
駅前の広場に立つたび、これがあの立川駅か、と感慨にふけってしまうのである。
さて、この日、立川にやってきたのは、ある会社のオープンファクトリーを見学するため。
ブログでお付き合いいただいている、「Akira_isida」さんの記事で教えてもらったものである。
会場では、会社の所有する古い飛行機を展示し、また、松本零士さんのトークイベントが開かれる。
トークイベントは申し込み制で、それが多数だったため抽選となったのを、めでたく当選したのだった。
それでぜひ参加したいと、友人のS君を誘い、立川までやって来たのである。
なにを隠そう、S君もまた、大の飛行機好きなので。
会場は、立川駅北口から歩いて10分程か、「立飛ホールディングス」という会社の工場である。
「立飛ホールディングス」は、戦前練習機などを製造した「立川飛行機」の伝統を受け継ぐ会社で、旧「立川飛行機」が
立川駅北口に持っていた広大な製造工場の敷地を使い、様々な事業を展開しているそうだ。
入口で手続きを済ませ、工場内を歩いて、会場まで5~6分。
広い建物の中には、目指す飛行機が3機ほど並び、多くの見物人で賑わっていた。
まず目を惹くのは、いかにもクラシックなスタイルの高翼機である。
R-53という名前のこの飛行機は、1953(昭和28)年、作られたもの。
戦後日本で初めて作られたR-52の改良機だそうで、R-52が現存していない今、戦後最古の国産飛行機だそうだ。
Rー53を子細に眺めていると、飛行機の構造がよく分かった。
4気筒の、プリミティブな構造のエンジンも、操縦席の簡素な計器も、じつに面白い。
計器やエンジンを見ているだけで、どういう目的のモノなのかがよく分かるのだった。
おそらく、空を飛ぶだけなのだったら、これで必要十分なのだろう。
R-53はエンジン部分と足回りが金属製で、あとは帆布に塗料を塗った、いわば布製である。
なので、検査口にはファスナーが着いているのだった(写真上・下)。
もう一機はR-HMという名前の飛行機。
北海道などの、広大な農作物地帯で使うことを目的に開発された飛行機だそうだ。
そのため、農家の倉庫に収められるように、翼が折りたためたりする。
ただ、エンジンが非力で、なおかつ、操縦性に難があったため、型式証明が取れなかったそうだ。
なかなか素敵な飛行機に見えるのに惜しいなあ。
最後の一機は、最新式のもので、太陽光を使うソーラープレインSP-1である。
翼にソーラーパネルを張り、その電力でプロペラを回す。
ただ、ソーラーパネルの発電効率が7㌫だったか大変低く、実用までは大変時間がかかるようだ。
...でも、いつかはぜひ...化石燃料に頼らない輸送機関は、わたしにとっても夢である。
◇ ◇ ◇
展示会場で 1時間程か、飛行機を眺めていた。
この時期の飛行機を見ていると、設計者の意図が容易に感じられるのである。
足回りを見たり、翼の様子を見たり...ああ、そういうことを意図して、こうなさったのですね。
設計者との対話...といっては大袈裟かも知れないけれど、そうやって飛行機を眺めるのは愉しいことだ。
会場には、「立飛ホールディングス」の方が説明員としてあちこちに立っていらっしゃる。
その皆さんが、展示の飛行機を大切に思い愛情を持っていることが、話をしていてよく分かった。
とても嬉しいことである。
午後3時からは、入口近くの会場で、松本零士さんを迎えてのトークイベント。
満員の会場で、松本さんはじめパネラーの面白い話に聞き入った1時間とすこし。
お土産もたくさんいただき、トークイベントにも十分に堪能をして会場を出た。
日が長くなったけれど、さすがに午後5時近くになると、夕方の気配が濃厚。
その中を、暖かい風に吹かれつつ歩いていくのは気持ちがいい。
ところで、立川駅前には、飛行機の模型を持った少年の像がある。
今にもその飛行機を飛ばそう、とする姿が好きだ。
立川は、昔もそして今でも、飛行機と縁の深い街、と言えそうである。
追 記
...と、半日愉しんで、帰宅して記事なんかも作っちゃって、この日はいい日になりました。
...で、一夜明けて今日、うーむ、体調今ひとつなのは、はしゃぎすぎたのかも知れません。
そこで今回の記事もまた、nice&コメント欄を閉じることに致しました。
...やんぬるかな...
2015-04-27 14:18