迷走する最終日 ― 春・北海道旅行顛末記 その4 ― [旅行中 国内編]
さて2泊3日の札幌旅行、3日目が明けて最終日になった。
旅行先では、いつにもまして早起きなのはなぜか?...この日も午前5時には起きてしまった。
しばらくテレビなどを見て、身支度をし、さて朝食を摂りに行こうと思う。
...前日朝のバイキングでは料理を摂りすぎてしまったので、今日は簡単に和風の朝食にしよう、と考えた。
そこでバイキング会場とは別の食事会場に行き、和定食の朝食をお願いする。
...で、やって来たのが写真上...和定食は簡素で簡単なものじゃなかったのかよ...うーむ。
出された料理を残すのは嫌なので、すべてを食べつくす。
...と、昨日と同じような満腹となり、わたしの目論見はもろくも崩れてしまったのだった。
曾遊の地に行ってみた ― 春・北海道旅行顛末記 その3 ― [旅行中 国内編]
4月初旬に旅行した、北海道での話を続けみようと思う。
この時は2泊3日の旅行、中日は午後遅くまで用事もなく、一人で旅行出来ることになった。
どこに行こう...いろいろな案が浮かんでは消え...結局、3年前に行った旭川市にもう一度行くことにしたのだった。
旭川には、前回も訪れた「ギャラリー梅鳳堂」があって、前回の訪問以降、また行きたいという思いが大きくなっていたので。
リベンジというほどでもないのだけれど、もう一度訪れて、自分自身の思いを納得させたかったわけですね。
この日泊まったホテルから、駅前通りを歩いてきて札幌駅に到着した。
とても大きな駅、その駅にはひっきりなしに電車が来ては去っていく...JR北海道の台所を支える駅である。
改札口で行き先表示板を確認し、ホームに上がって見ると、しばらくして、旭川行特急「ライラック」が入線してきた。
JR北海道独特の車輛と札幌駅伝統の乗降口上の看板に、札幌に来たんだなあと実感する。
朝食はいつも悩ましい ― 春・北海道旅行顛末記 その2 ― [旅行中 国内編]
4月初旬、2泊3日の予定で札幌に旅行したときのこと。
初日は札幌の街を散策して、札幌の実家に帰省中の妻や久しぶりの義弟夫婦、義母と食事などを愉しんだのだった。
それで、食べすぎ呑みすぎでホテルに戻り、バッタリと倒れるように就寝して...さて翌朝である。
前日早朝から活動したり呑みすぎたり食べすぎたりしても、ジジイの朝は早い...いやでも早くなっちゃう。
午前5時、ふと目が覚めて眠れなくなり、テレビなどを見て時を過ごして、さて午前7時になった。
そろそろ空腹である。
そこで朝食を摂ろうと、1階の「ノーザンテラスダイナー」にやって来たのだった。
ここでは、最近のホテル朝食の例に漏れず、バイキング形式の食事を提供する。
...多種類の料理から好きなものを選べるのは楽しみなんだけど...そうなんだけど...
腹も身の内 ′24 ― 春・北海道旅行顛末記 その1 ― [旅行中 国内編]
4月になった某日、2泊3日で札幌に行くことになった。
わたしたち夫婦にはそれぞれ、今年96歳と95歳になる母がいる。
ありがたいことに目立った病気もなく元気なのだが、それでもいろいろと手助けをする必要がある。
それで、妻は月に一度ほど、札幌に帰省して義母の世話をしている。
その義母が、どうやらわたしのことを思い出し、顔を見たくなったらしい。
かれこれ2年ほどはご無沙汰なので、そろそろ顔を出そうか、ということになった。
そこで、わたしの母をショートステイにあずかってもらい、出かけることになったのだった。
早朝6時45分羽田空港発のスカイマーク便は順調に飛行を続けていて、眼下には雪をまとった東北の山々が見えた。
落穂ひろい ― 夏・東北旅行記 番外編 ― [旅行中 国内編]
今年7月下旬東北地方に旅行してから、気が付けば、はや3カ月近い月日が経ってしまった。
帰京後、8月から延々小ブログで続けてきた旅行記も、ようやくお終いである。
...ホントのところ、旅行記のお終いは前稿だったんだけど...今回は記事にし損ねた話題など。
旅行2日目午前中、ホテルを出て、いまだ盛岡市内に滞在中である。
...盛岡に来たら寄りたい店に、前日は行けなかったので。
まずは市内材木町、冒頭の写真左手の白堊の瀟洒な建物は「光原社」で、日本をはじめ世界の民芸品を扱う店。
道路を挟んで右側には、支店の「光原社 モーリオ」がある。
しばらく待っていたら、ようやく開店となったので、まずは「モーリオ」に入ってみようと思う。
腹も身の内 ′23 それから ― 夏・東北旅行記 その9 ― [旅行中 国内編]
「SUIDEN TERRASSE」の中を探索見物して、少し部屋で休んでいたら、晩ごはんの時間になった。
当初予約していた時間から1時間半ほど遅くしてもらえたので、満腹だったお腹もすこし空きが出たみたい。
それで、メインの建物の端にある「MOON TERRASSE」というレストランにやって来た。
入口は狭いけれど、奥はコの字になっていて、更に1階にも席があるのでけっこう広い。
時間毎に分けて予約を取っているのは、席のキャパシティーというより料理を円滑にサーブできるかどうかの関係かも。
入口のスタッフに予約の名前を告げると、卓に案内された。
遅めの時間になって、レストランの中はまばらだけれど、それでも何組もの人々が食事を愉しんでいた。
...さて、この旅最後のディナーを、愉しもうではないか。
田んぼの中で泊まる ― 夏・東北旅行記 その8 ― [旅行中 国内編]
旅の4日目、昼食などで散々飲み食いをして、そろそろ時間となったので、今晩泊まるホテルにやって来た。
この旅行では、所用もあり山形県鶴岡市に2泊することになって、1泊目は高速インターすぐのビジネスホテル泊。
2泊目の、この日泊まるホテルは「SUIDEN TERRASSE」と言い、SUIDENの名前の通り水田の中に建っている。
庄内地方は最上川の沖積平野で、一面の平地が一面の田んぼ、ドライブしていてもそれは見事な水田が広がる。
このホテルは、その水田をコンセプトにしていて、なにやら面白そうなので、ここに泊まることにしたのである。
写真上、真ん中の大きな建物がメインで、周囲のコンパクトな2階建てが宿泊棟になっている。
夏至から半月くらい経ったこの日、夕方とはいってもまだまだ日が高い。
少し早めだけれどチェックインして、ホテルの中を覗いてみようと思う。
腹も身の内 ′23 ― 夏・東北旅行記 その7 ― [旅行中 国内編]
7月下旬の東北旅行3日目は、結局弘前近傍をかすめた後、青森県秋田県の高速道路を使って、午後5時、山形県鶴岡市に着いた。
ときおり強雨の中高速道路で4時間は気が張るもので、無事に到着できたのはなによりだった。
さて、明けて4日目、まずは鶴岡市内の妻の親戚に寄ることになっている。
妻の実家は北海道で4代続いているが、初代は鶴岡市から渡道した。
初代の実家とは今でも付き合いがあり、昨年その家の長老が亡くなったこともあって、義母の依頼でお仏壇におまいりである。
午前中にお仏壇に線香をあげ、当主のご夫婦とお話などをして、昼前に家を辞した。
この日は、昼ごはんに「アル・ケッチャーノ」というイタリアレストランを予約してある。
予約の電話を入れると、コースで2時間半かかりますよ、と言われ驚いたのだが、ここの料理を食べたかったので仕方ない。
昼12時、鶴岡市郊外の店に到着し、さて、食事を...期待も高まるではないか。
通された卓には、ナフキンと「本日のメニュー」のカード、そして1組のナイフフォークセット。
ナフキンには「Al chē-cciano」と横文字だけれど、「そういえばあったね」を庄内では「あるけっちゃの」という、それが店名の由来だそうだ。
大寝坊の帳尻合わせ ― 夏・東北旅行記 その6 ― [旅行中 国内編]
さて、旅に出て3日目、朝に大寝坊をしてしまい、「八甲田ホテル」の出発が大幅に遅れてしまった。
この日は、山形県鶴岡市に宿を予約してあるので、そこまで行かなければならない。
天気予報によれば、この日、途中の秋田県内は大雨の予報で、道中剣呑そうである。
そこで、この日先ず訪れようと計画していた弘前市の見物は諦めることにした。
...いや、クルマなんだから、時間はあるのだ...弘前を見物して、鶴岡にはそれこそ夜中に着いたっていいのだから。
...ただ心理的にね、できれば日のあるうちに到着したい、という気持ちになる...
...きっとわたしたちは年を取ったんだと思う...10年前だったら、おそらく夜中になっても弘前には寄ったと思うし。
で、弘前は諦めたとしても、その近くまで来たら寄ってみたい場所があるのだ。
冒頭の写真はそこに着いた時のものなんだけど、有名な田んぼ...これじゃ分からないな。
避暑地の悦楽 ― 夏・東北旅行記 その5 ― [旅行中 国内編]
さて、前稿でお話したように、わたしたちは東北地方の旅行をして2泊目、「八甲田ホテル」に宿泊中である。
「八甲田ホテル」は、なにしろ八甲田山の山中にあるため、晩ご飯を近所の居酒屋、コンビニで、という訳にはいかない。
それに、せっかくのホテルだもの、ここはコースのフレンチでも、と前もって予約したのだった。
ホテルに着いて館内を見物していると、そろそろ食事の時間である。
それで、「Me Deau メド―」という名前のレストランにやって来た。
なんでも、青森の言葉で、美味しい、というのを「うめーど」というらしく、メドーはそこから採った名前だそうだ。
ログハウス特有の丸太の壁が迫力あるなあ。
...スタッフがわたしたちを見つけこちらにやって来た...さあ、入ろう。