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感傷旅行 ― 晩春北海道旅行記 その4 ― [旅行中  国内編]





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 小樽駅から出て、駅前の様子に驚いてしまったのだけれど、考えてみればほぼ10年ぶりの小樽駅前である。

 そりゃ変わるよな...駅前で呆け顔を続けている訳にも行かないので、歩き出すことにした...さてどこに行こうかな。




 駅前通りを港に向かってすぐ、右手には大きなアーケードが続いている。

 以前は「都通り商店街」と言っていたかな、この駅前アーケードは、昔は小樽で一番の繁華街で、朝から夜まで賑やかだった。

 今歩くと、人通りも少なく、さびれた雰囲気も感じられたが、しかし思ったよりも店が開いているのは心強い。




 ここは観光都市小樽の、観光地域からは少し離れた、ふだんの雰囲気が感じられるアーケード街だ。

 まだ20代の頃、夏に冬にと小樽を訪れて、何回このアーケードを歩き、店に入ったことだろう。

 ゆっくりと歩いていると、様々なことが思い出されてくるのだった...おっ、小樽名物「ぱんじゅう」の店も健在だ。






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 駅前のアーケードを端まで歩き、その先、鍵の手になった商店街をさらに歩いていくと、「花園銀座」という通りになる。

 写真上のように、現在はさびれた雰囲気の通りだけれど、昔は活気に満ちた賑やかな商店街で、通りは買い物客で溢れていた。

 20代のわたしは、駅からこの「花園銀座商店街」の、坂の上までまず歩き、そこから小樽の街歩きを始めるのが習いだった。







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 「花園銀座商店街」の途中から過ぎ行く国鉄の電車を写したことがある。

 以前、この写真を使った記事を、小ブログに載せたが、その写真の今を撮ってみたくて、ここまでやって来た。

 当時と同じように、高架を電車が通過するタイミングで写真を撮ってみた。

 ファインダーから眺めると、以前の賑やかな街並みは、今やすっかり静かな道へと変化しているのだった。

 それでも、小樽の老舗和菓子店「新倉屋」本店があるなど、以前の名残が感じられた。







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 「花園銀座商店街」の坂道を歩いて坂の上までやって来た。

 その坂上から先にも商店街は続いていて、以前の、小樽の賑わいが今でも感じられるのだった。

 商店街とは反対に道をとると、JR 函館本線を渡る跨線橋がある。

 とても見晴らしのいい、その橋の上から行きかう電車の写真を撮るのが好きだった。




 今回も跨線橋に行ってみた...昔と今と、景色はあまり変わらず、とくに、手宮線の跡には、いまだに線路が敷かれているのには驚いた。

 写真上、モノクロの写真は1970年代のものだが、このときは、まだ手宮線は現役だったので、線路がきれいに整備されている。






      ◇   ◇   ◇





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 小樽駅から南小樽駅にかけては、以前は住宅街と商業地が混在する一方、古い家並みが残っている魅力的な地域だった。

 今では、その面影を探すのも難しいほど変わってしまったけれど、それでも、懐かしい道を歩くのは愉しい。

 そうやって、細い道を歩きつつ、やがて、運河までたどり着いたのだった。




 ...ううう、暑い...この日の気温は最高28℃だったそうで...夏みたいな日差し...

 ...小樽駅ではコットンの、薄手のセーターでちょうどよかったのに、歩き始めると、すぐにポロシャツ一枚となり、最後は汗まみれに。

 まいったなあ、5月初旬の北海道で、日差しの強さに辟易する街歩き、だなんて。







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 写真上もまた、以前の記事で使ったモノクロ写真の今である。

 50年前には倉庫に沿って鉄道の線路が伸び、荷役中の貨車が並んでいた通りは、今では瀟洒な店が並んでいる。

 小樽運河は小樽観光の目玉、その倉庫を改装した店はさぞ人気があることだろう。

 ...入ってみればよかったなあ...歩く方ばかりに気が取られてしまって...うーむ。







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 もう一つ、運河にかかる橋から、小樽駅方面を写した写真の昔と今を。

 1970年代には、まだまだ残っていた港町の面影は、今や明るく広い通りになって、文字通り隔世の感があるのだった。

 ...でも、なんか街並みがスカスカに感じられちゃって...小樽、大丈夫か?






      ◇   ◇   ◇





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 延々と、昔話を書き連ねてしまい、さぞかし退屈な思いをされたのでは、と恐縮中です。

 ...すみません、あと少しだけ。




 写真上の廃墟となった倉は、以前「叫児楼」という名前の食堂で、スパゲティなどの簡単な料理と飲み物を提供していました。

 ナポリタンなど、いかにも昔風のスパゲティが美味しい店で、わたしは小樽滞在中、何度もこの店で食事を愉しんだものでした。

 ここで食事をした後は、近所の喫茶店「ろーとれっく」でコーヒーが定番でしたっけ。

 現在の、観光地然とした騒がしさとは違う、暮らしと街に根付いた店が、その頃の「わたしの小樽」なのでした。







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 その「ろーとれっく」も閉店してしまい、あの評判だった店長さんは今、どうしていらっしゃることか。

 20代のころから好きで通い詰めた小樽の、馴染み親しんだあれこれがすっかり消えてしまうのは悲しいことです。

 ...それはでも仕方ないこと...街も人も動き続けているのですから。

 でも、久しぶりに訪れた小樽、そこを歩いて、少々感傷的になってしまったオヤジの記録を、記事にしてみたのでした。




 さて、そろそろ妻と義母と待ち合わせの時間です。

 この日は昼ごはんを小樽でとろう...お寿司食べようぜ、ということになっていたので。

 次稿は、小樽での食事とそれから、にして、この小旅行のまとめにしようかな、と思ってます。

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八犬伝

懐かしいです
このアーケードには、洋灯が店のイメージになっていた喫茶店もありました。今、調べてみたのですが辿り着きませんでした。
私も小樽は坂の上から街を見下ろすのが好きでした。
叫児楼もとても懐かしいです。
私は、いつも駅前の「一番」でラーメン食べて
アーケードと1本外れた喫茶店「エルム」で紅茶を飲むのが常でした。
by 八犬伝 (2022-06-05 11:21) 

arashi

同じ場所を撮り歩くのも面白いですね。
by arashi (2022-06-05 13:34) 

しのぴん

昔と今の比較は、変貌ぶりが良くわかりイイですね。
私的には、昔の写真の中に写っている当時の車に、なつかしさを感じます。
by しのぴん (2022-06-05 14:11) 

ナツパパ

八犬伝さん。
1970年代の同じ時期に小樽にいらしていた八犬伝さんに、小樽を懐かしく思っていただき嬉しいです。
叫児楼は狭い店でしたが、内部はとても素晴らしい造りでしたね。
この店によって昼ご飯を食べるのが、わたしにとっての小樽のルーティンだった時期もあります。
10年ほど前には2代目というスタイルで店が続いていましたが、残念、閉店でした。
by ナツパパ (2022-06-05 14:34) 

ナツパパ

arashiさん。
久しぶりに小樽を歩くことになり、さてどこに行こう?と迷いました。
その時、ふと、小樽の昔を写した写真の、今はどうなっているかな?ということが気になり、
そこに行くことにしました。
行ってみてびっくり...変わったところ変わらないところ、様々で、ただただ懐かしかったです。
わたしにとっては、センチメンタルジャーニーになりました。
by ナツパパ (2022-06-05 14:36) 

ナツパパ

しのぴんさん。
記事の中の、モノクロ写真は1970年代に写したものですが、その頃は小樽にもっと活気がありました。
街の中にも人が多く住んでいて、旧市街の商店街も元気だった時期です。
今は寂しくなっていましたが、それでも、懐かしい場所を歩くことが出来て、嬉しい半日になりました。
たしかに、車のスタイルに時代が反映されていますね...わたしも懐かしいです。
by ナツパパ (2022-06-05 14:39) 

tochi

古今の写真いいですね
by tochi (2022-06-05 14:44) 

ナツパパ

tochiさん。
ありがとうございます。
ただ、モノクロ写真を印刷して持っていけばよかったなあ、と反省しているところです。
カメラの立ち位置そして画角が微妙に違っているんですよねえ、そこが気になります。
それにいしても、街って50年あるとずいぶん変わってしまうものなのですねえ。
by ナツパパ (2022-06-05 14:52) 

gillman

貴重な写真ですね。4、50年前との比較でしょうか。その頃をよく知っている人でないと出来ない比較ですね。今は何気にすっきりとしていて、他方では少し寂し気で…。

ぼくも以前丁度50年前の同じ場所に沖縄の那覇で立ちすくんだことがあります。混乱していても何かエネルギーに溢れていたような時代の街のありようが目の底に残っていて…。
by gillman (2022-06-05 15:45) 

ナツパパ

gillmanさん。
ありがとうございます。
今回は小樽の街を歩いていて、つい感傷的な気分のまま写真を撮っていました。
50年前の小樽と今と、やはり地方都市の衰退は確実に起こっているのだなあ、と感じました。
それも、札幌から日帰りの観光地で、数多くの観光客が訪れる小樽で、というのが驚きです。
おそらくは、旧市内に人が少なくなり、その結果、繁華街が廃れていったのかな、と思いますねえ。
by ナツパパ (2022-06-05 19:11) 

johncomeback

拙ブログへのコメントありがとうございます。
小学生の頃、叔母(母の妹)夫婦が小樽に住んでいて、
毎冬家族で遊びに行きました。僕の父は大工で春~秋は休みなく働きましたが、
冬は雪で仕事ができず、家族旅行は毎年冬でした。
僕の故郷の伊達市は比較的温暖で雪が少なかったんですが、
日本海に面する小樽は豪雪で汽車がよく遅延しました。
by johncomeback (2022-06-05 20:28) 

Inatimy

写真で街の今と昔を見比べるのは、とっても楽しめます。
その場に暮らしていたら日々の変化も気にならない程度なのかもしれないけれど、変化の積み重ねで、ものすごく変わってきますね。
人の活気までも。
新型コロナのこともあって、もう随分と日本に一時帰国できていないので、きっと呆け顔で同じような感覚に陥るかもしれません^^;。
by Inatimy (2022-06-05 21:52) 

hanamura

そう!そう!そうです。「思い出の雪景色」
港にはロシア船が自転車と中古車を山積み。
by hanamura (2022-06-05 22:28) 

英ちゃん

小樽は行った事がありませんΣ(゚ロ゚;)
良くテレビでは見るけどね(;'∀')
北海道は遠過ぎるのでもぅ行ける機会もないかも?
by 英ちゃん (2022-06-05 22:50) 

みち

50年前と今、違っていたり同じだったりで面白いです。
小樽は一度ひとりでふらふらしましたがどこをどう歩いたんだか
ちゃんと覚えてないです。
by みち (2022-06-05 23:13) 

gop

白黒写真の箱銀座商店街高架を走る列車は51形客車の様で、函館本線導入は1978年から。
小樽築港の貨物支線廃止は1984年2月なので、その間に撮られたものでしょうねぇ。
映像がありました、私も行っておけば良かった・・https://www.youtube.com/watch?v=DNkmYiQTeRw

by gop (2022-06-05 23:46) 

めぎ

花園銀河商店街は覚えています。賑やかで、良くも悪くもわちゃわちゃごちゃごちゃした感じのところで、その辺りの寿司屋で大学時代にコンパに参加したことがあります…安くて美味しかった。
しかし、お写真で拝見する限り、随分スカスカになっちゃって。ホント、大丈夫なのかしら、小樽。
「ハイカラ」という言葉の似合う町でしたよねえ。小樽商科大の学生を北大の学生が山猿と呼んだりして(反対に北大の学生がどう呼ばれていたか記憶から抜け落ちてます)、ちょっと田舎っぽさがあるところでもありました。
今の日本、どこに行っても同じような雰囲気で、らしさがなくなったというか、こざっぱりと無機質になりましたよね。
by めぎ (2022-06-05 23:51) 

向日葵

小樽には一度だけ行ったことがあります。
札幌雪祭りをメインにした函館ー札幌ー小樽の弾丸ツアーでした。
まだ元気いっぱいだった母と一緒にー。
小樽のガラス細工が肝だ、と聞いたので、小ぶりで洒落たお醤油
差しを買いました。
引っ越しの時、念のため閉めた口が、開かなくなってしまって
使えなくなってしまいましたー!!
海と雪と暗がりとー。1泊しただけの小樽にはそんなイメージ。。
50年前のお写真と現在との比較、とても面白く拝見しました。
小樽も、叶うならもう一度行ってみたいところです。。
by 向日葵 (2022-06-06 03:06) 

おと

小樽、行ったことがありません。いつか行きたいなぁ。
1970年との違い、とても興味深く面白いです。
街も人も、動いて変化していきますね^ ^倉庫って、どんな感じに使われているのでしょう、こだわりのお店などがあると良いなと思います。
美味しいお寿司、良いなぁ!
by おと (2022-06-06 04:42) 

ナツパパ

johncomebackさん。
そうでしたねえ、伊達紋別は噴火湾に面していて、道内では晴れも多くまた温暖な土地でしたものねえ。
それに比べると、北に面していた小樽は典型的な日本海側の気候でしたっけ。
特に冬場は天気も変わりやすくまた雪も多く降りましたね。
そういう天候の冬、小樽の街を歩くのは愉しいことでした。
おそらくそれは、旅行者の目線でそう感じたのだと思います...住んでいたら雪は本当に面倒ですし。
by ナツパパ (2022-06-06 08:59) 

ナツパパ

Inatimyさん。
日本の都市は、例えば欧州の街に比べると変化が急で、目まぐるしい、という評価をよく聞きます。
たしかに、東京など、生まれたときから住んでいるわたしですら、その変化についていけないと感じますもの。
それに比べると、地方都市は変化も緩やかですが、さすがに50年を隔てると、変わり方も大きいですね。
以前の小樽の方が活気があってよかったなあ、と思うのですけれど、それは一旅行者の感想であって、
今は今で、住みやすいところになっているようにも感じられましたねえ。
by ナツパパ (2022-06-06 09:03) 

ナツパパ

hanamuraさん。
モノクロ写真から漂ってくる街の雰囲気は、現在の観光とは正反対の、実業一辺倒に感じられます。
そういう街は、歩いていると、ぶっきらぼうなのに魅力的で、そこに嵌ってしまいました。
夏休み冬休みの暇を見ては、アルバイトで稼いだお金を掴んで訪れた小樽の街は、
今では写真の中だけですけれど、でもわたしの宝物です。
by ナツパパ (2022-06-06 09:07) 

ナツパパ

英ちゃん さん。
わたしは札幌生まれ育ちの女性を嫁さんにしまして、実家も札幌に健在ですので、
北海道には比較的行きやすい身なのだと思います。
今回も、カミさんは実家の義母の世話をするための帰省で、わたしはそこに乗っかっての旅行と言えるでしょうか。
それでも小樽の街を歩いたのはほぼ10年ぶり、近くに見えて小樽は遠い街になってしまいました。
この先こうやって小樽を歩くことはあるかな?...なんとなくそう思ってしまう自分がいます。
by ナツパパ (2022-06-06 09:11) 

ナツパパ

みちさん。
現在の小樽は、運河付近と堺町という地域に観光資源が集中しているように感じます。
それ以外の地域は、全国的な地方都市旧市街衰退の例にもれず、寂しい街になっていました。
そういうところを歩くのは寂しいですが、それはきっと、わたしが以前の街を知っているからで、
今、新しい目で小樽の街を歩いたら、魅力的なところも多いと思うんですよね。
みちさん、機会がありましたら、ぜひ、みちさんの目線で小樽の魅力を探していてくださいね。
by ナツパパ (2022-06-06 09:15) 

ナツパパ

gopさん。
花園銀座から撮ったモノクロの写真、写っているのはおそらく51系の客車ではなく、
711系といった、北海道最初の電車だったと覚えています。
この頃には、小樽~札幌~旭川が交流電化されていて、小樽~札幌はほぼ電車になっていました。
倶知安からディーゼルや旧型客車で小樽に着き、そこから乗り換えて札幌に向かうとき、
あまりの静かさに驚いたことがありましたっけねえ。
by ナツパパ (2022-06-06 09:21) 

ナツパパ

めぎさん。
>花園銀河商店街は覚えています。賑やかで、良くも悪くもわちゃわちゃごちゃごちゃした感じのところで、
そうそう、そうでしたね、若干の場末感と、そして肩ひじ張らない気安さがありましたねえ。
商店街のメインの道から分かれた小路の奥に居酒屋とか寿司屋があって、わたしもよく行きましたっけ。
それにしても小樽の街は、商店街が古くなりそして縮小している点、地方都市には共通の現象なんですが、
なんとも残念に思えます。
北大と小樽商大の、伝統の、なんといったかな、高下駄に羽織袴で、お互いをののしりあう(笑)場面、
あれは面白かったですねえ...ああやってお互いを認め合っているんですね。
by ナツパパ (2022-06-06 09:27) 

ナツパパ

向日葵さん。
冬の小樽は、日本海側特有の気候で、天気が変わり易かったり、曇りがちだったり、寂しい雰囲気です。
そこを変えようと、「雪明りの路」という企画が始まって、冬のイメージがずいぶん変わったように思います。
わたしは写真でしか見たことはないのですが、運河やその他の路に沿って明りが並び、とても素晴らしい景色ですよ。
向日葵さん、機会がありましたらぜひおいでになってみてください。
とてもいい思い出になると思います。
by ナツパパ (2022-06-06 09:34) 

ナツパパ

おとさん。
そうなんですよねえ、50年というスパンで比べると町の変化も大きいなあと感じました。
とくに、街中から人も商店も少なくなっているのは寂しいことです。
...とはいっても車社会の今は、旧市街に行くのも億劫なことでしょうし。
倉庫の中が今どうなっているか、を確かめなかったのは痛恨事でした。
レストランやお土産物屋さんになっている雰囲気でしたので、休みかたがた入ってみればよかったなあ。
...次回はぜひ、と思っているのですが、さて。
by ナツパパ (2022-06-06 09:39) 

YAP

昔と今の写真での対比、ちょっとしたタイムスリップ感が出てますね。
それにしてもうまく構図そろえて写しましたね。
これはちょっとした資料的な要素まで含んでいると思います。
地方都市って、なかなか現代でしっかり力強くって難しいですが、頑張ってほしいものです。
by YAP (2022-06-06 15:35) 

kuwachan

昔のことを思い出しながらの街歩きは懐かしさもあって楽しいものですよね。
今回昔の写真を持って行かれたのでしょうか?
by kuwachan (2022-06-06 15:48) 

たかぼん

昔の写真と比べると変わっているのがよくわかりますね。
あと、小樽運河もなんか綺麗になったような。
by たかぼん (2022-06-06 23:40) 

ぼんぼちぼちぼち

昔のほうが高いビルがあった街って、珍しいでやすね。
いや、地方だと、ありがちな過疎化なのかな?
by ぼんぼちぼちぼち (2022-06-07 09:02) 

ナツパパ

YAPさん。
先日、小ブログで昔の小樽のことを記事にしたとき、モノクロの写真をブログ用に編集しました。
その時に写真をじっくり見たおかげで、構図を覚えていたのだろうと思います。
今回、小樽で同じところからの写真を撮ることにしたときに、こんな具合だったかな?と何枚か写して、
それで大きく外れていなかったのでホッとしました。
今回小樽を訪れて、街から活気というか元気が少なくなっているのが寂しかったですねえ。
街を歩いていても家と家の間隔もあいていたりして、スカスカな感じが残念でした。
by ナツパパ (2022-06-07 09:07) 

ナツパパ

kuwachanさん。
そうなんですよね、昔歩いていたところを、どうなっているかな?と期待しつつの街歩きは愉しいものでした。
...ただ、機体が残念感に変わってしまったところが多かったのは、覚悟していたとはいえ、寂しかったです。
>今回昔の写真を持って行かれたのでしょうか?
持っていきませんでした。
持っていったらなあ、と帰宅して写真を見ているときにそう反省しましたっけ。
それでも構図に大きな狂いが無かったのはよかったです。
画角に少し違いがあるのは、使っているレンズの違いでもあるようですよ。
by ナツパパ (2022-06-07 09:11) 

ナツパパ

たかぼんさん。
>あと、小樽運河もなんか綺麗になったような。
そうなんです。
小樽運河に立ち並ぶ倉庫のうち、何棟かがリニュウアルされたみたいで、とてもきれいになっていました。
小樽にとっては大切な観光資源、建物などに定期的に修理が入るのかもしれませんね。
今夏は観光客も戻って来るでしょう。
久しぶりに賑やかな小樽になって、地域にも活気が出るといいなあ、と思います。
by ナツパパ (2022-06-07 09:14) 

ナツパパ

ぼんぼちぼちぼちさん。
小樽の街は、山から海に向かって傾斜しているので、昔は、高い建物というと、駅より海側の平たい土地に多かったです。
今回訪れると、山側の方にも、高層ではないもののマンションが多く建っていましたっけ。
駅前にも高層マンションが建っていますね、これにも驚きました。
以前からあった、商業施設の入るビルに元気がないのは、旧市街に来る人が少なくなっているからでしょうか。
残念なところです。
by ナツパパ (2022-06-07 09:19) 

song4u

こんにちは。
いつもながら素晴らしい記事ですね。
このような記事が書ける環境におられることに羨ましさを感じます。
総合的に、充実の人生だということが良く分かる気がしました。
白黒写真は歴史的な価値があると思います。是非大切にされて下さい。

ご指摘の地方都市の衰退は、小樽だけの問題ではないように思います。
端的に申し上げて、明日の日本全体を映す鏡のように感じています。
私は54年3月生まれですが、その頃は街じゅうが子供だらけでした。
対応するように新しい学校が次々に出来、田んぼや畑は宅地化され、
店舗や新たな仕事が続々と生まれた躍動の時代でした。
今はまるで時計が逆回りを始め、徐々にその頃に戻って行くような、
次第に冷め行く時代・・・大げさに言えばそんな印象さえあります。
難しい時代、先が見通しにくい時代になったものだと感じております。
by song4u (2022-06-07 13:18) 

ナツパパ

song4uさん。
過分なお褒めの言葉をいただき、恐縮しております。
この日は、今まで2年以上自粛してきた旅行に出かけられ、懐かしい小樽の街を歩いて、気分も高まっていました。
そういう中で、若かったころに馴染んだ街並みが寂れていたり、すっかり無くなってしまったり、
そういう実情を目の当たりにして、考えさせられることの多かった街歩きになりました。
song4uさんとわたしは、同年代を生きてきたと思いますが、song4uさんの描かれた子供の頃のあれこれは、
わたしにとっても同じで、当時を懐かしく思い出しました。
この先20年、生きられたら上等と思う年になりましたが、さて、その20年後の世の中が想像つきません。
by ナツパパ (2022-06-07 19:59) 

tommy88

小樽が復活して活気を見せていたのはインバウンドのおかげ。
鬱陶しいほど中国人が居て、函太郎が中国御用達になり、行くのを辞めました。
やたらオルゴールとガラス細工を売りつける街になって、私もグラスを作りました。
私はロック用、妻は日本酒用のグラスを今でも愛用しています。
4年前北海道を去る直前に、小樽へ鮨を食べに行きました。
坂のある街が好きです。
感傷的に、私は函館に本籍を残しています。
小樽へは、先輩の家によく通いました。
コロナで、おそらく小樽の街は仮死状態だったのではないかしら。
小樽発、新潟行きのフェリーで妻の実家や、大阪に帰ります。
大阪へ帰る時は、小樽発、舞鶴行きのフェリーの時もありました。
小樽は私にとって本州への中継地点でもありました。
北海道を去ることになった直前、石原裕次郎記念館も閉館になりました。
親兄弟が遊びに来た時、裕次郎記念館は喜ばれる場所でした。
慎太郎も亡くなったし、消えていきます。
だからこそ、写真は貴重な財産だと思っています。

by tommy88 (2022-06-08 16:20) 

ナツパパ

tommy88さん。
そうでしたね、小樽の堺町界隈に行くと、中国からの観光客がとても多かったでしたね。
街に中国語が飛び交っていて、お土産屋さんも賑わっていましたっけ。
あのあたりから、小樽の堺町付近も変わっていたのだと思います。
それまでは、賑やかではありましたが、一方でのんびりした雰囲気もかすかに残っていたのですが。
インバウンドの旅行客が居なくなって2年、小樽の街も体質を変えられれば良かった、と個人的には思いますね。
この夏以降は、だんだん観光客も戻ってくることでしょう、あと少しのガマンかな。
by ナツパパ (2022-06-08 19:50) 

ナツパパ

niceをくださいました皆様。
ありがとうございます。
by ナツパパ (2022-06-19 10:58)